沖縄戦の事実を歪める教科書検定の撤回を求める歴史研究者・教育者のアピール

アピール

 2007330日に2006年度高校教科書検定の結果が公表され、沖縄戦における強制集団死、いわゆる「集団自決」について記述したすべての日本史教科書に対して検定意見が付され、日本軍の強制・誘導・関与を示す記述がすべて削除されたことが判明した。その結果、「集団自決」が日本軍の命令や強制によるものではなく、あたかも住民の自発的な「自決」であるかのように記述されることになった。このような教科書の書き換えを強制した今回の検定は、沖縄戦についての長年の研究の蓄積をまったく無視し、合理的根拠を欠くきわめて恣意的なものであり、事実にもとづく教科書記述と歴史教育を求めつづけてきた私たちとしては到底容認できない。私たちは、文部科学省が今回の検定意見をただちに撤回し、著者・出版社による教科書記述の再修正を認め、2008年度には沖縄戦の事実を歪めることなく伝える日本史教科書が高校生に供給されるよう措置することを求める。そして、その実現のために、多くの方々が声をあげるよう訴えるものである。

アピールの趣旨

沖縄戦における「集団自決」の悲劇は、沖縄県民にとって忘れることのできないものであり、そのため、この悲劇がなぜ、どのようにしておこったのかについては、体験者の証言をはじめさまざまな角度からの調査研究が進められてきた。その結果、住民が戦闘にまきこまれるなか、日本軍の「軍官民共生共死」という基本方針のもと、敵の捕虜になることの禁止が徹底され、軍が手榴弾を配付し、あるときは役場職員を介して自決指示を出したなどの事実が明らかになった。それにより、軍が直接住民にその場で自決命令を発したか否かにかかわりなく、「集団自決」がまさに日本軍に強制・誘導されたものであったことが明確になったのである。日本軍が存在しなかったところでは「集団自決」がおきていないこともそのことを証明している。第三次家永教科書訴訟の最高裁判決においても「日本軍の存在と誘導」が認定され、「一律に集団自決と表現したり美化したりすることは適切でない」とし、「県民が自発的に自殺したものとの誤解を避けること」が必要としたうえで判決が書かれている。こうして「集団自決」が日本軍の強制によるものとするのが通説となり、従来の多くの教科書はその通説に従って記述し、約20年にわたって検定意見が付されることなく合格してきたところである。

文部科学省は、今回の検定意見を付すにあたって、2005年に大阪地裁に提訴された元隊長らを原告とする裁判での元隊長の陳述書を事実上もっとも重要な根拠にしているものとみられる。しかしその陳述書は「集団自決」にかかわる一方の当事者の主張に過ぎず、その主張の正否について学問的検証をへたものではなく、また、裁判においてもその正当性が認められたものではない。いずれにしても従来の通説をくつがえすに足る根拠となるものではない。これは文部省・文部科学省が、検定にあたって、係争中の裁判にかかわる事象について一方の側の主張のみをとりあげるべきでないとしてきたことや、通説を書くよう指示してきたこととも矛盾しており、自家撞着も甚だしい

また、文部科学省が今回の検定で、軍の命令・強制はなかったとするのが通説だと主張し、複数意見の併記を求めるのではなく、いきなり文部科学省の主張するところに基づいて書けと指示したことも、これまでにない異常なことといわなければならない。これは、その後最近にいたって文部科学省側が軍の関与は否定しないと弁明していることとも矛盾する。そればかりでなく、文部科学省側の言明によれば、今回の検定にあたって実際は渡嘉敷・座間味の事例だけを念頭においたという。そしてそこでの軍指揮官の住民に対する直接命令の有無に問題を矮小化し、直接命令はなかったという一隊長の陳述のみを根拠に、それを沖縄戦全体のなかで軍の強制・誘導がなかったという結論に結びつけている。このことも、検定意見の根拠の無さを如実に示している。

さらに、沖縄県議会が二度にわたって検定撤回を求める意見書を採択し、県内41市町村すべての議会が同様の意見書を採択するなど、沖縄県民がこぞって今回の検定による教科書書き換えに対し怒りを燃やしている事実も、重要な問題を提起している。沖縄戦の体験と、それを継承している地域住民の切実な訴えが示している歴史的事実は、真摯にうけとめられるべきである。体験者でありその継承者である地域住民の証言と訴えが、検定という名の国家の力によって圧殺されることがあってはならない。

このような矛盾にみちた今回の検定の撤回を求める沖縄県民をはじめとする全国の市民の声を、文部科学省はかたくなに拒否しつづけている。文部科学大臣がいう唯一の撤回拒否の理由は、検定審議会が学問的立場から決めたことだから政治が介入できないというものである。しかし、この言い分も矛盾にみちている。この間、実は文部科学省の専任職員である教科書調査官が、検定意見の原案にあたる「調査意見書」なるものを作成していたことが明るみに出た。だとすれば検定意見は実は文部科学省自身が作成していたことになるのであり、誤った検定意見を撤回する責任は文部科学省自身にあるのであって、検定審議会を隠れ蓑に使って責任を回避し検定意見の撤回を拒否することは許されない。

ではなにゆえに、このような矛盾にみちた異例異常な検定を行うにいたったのか。それは、南京虐殺、「慰安婦」とならんで「集団自決」軍命令説の抹消を日本軍と戦争の美化のための三大目標にかかげる勢力が、2005年には大阪地裁へ提訴するなど周到かつ計画的な活動の上に立って、検定に対する政治的圧力をかけるにいたったことが原因と判断せざるを得ない。そのねらいは、軍隊は住民を守らないという沖縄戦の重要な教訓を抹殺し、戦争と軍隊への協力を国民に強制する体制をつくることにあると思われる。

私たちは、このような検定が撤回されることなくそのまま認められるならば、次のような取り返しのつかない結果につながるだろうことを危惧するものである。

第一に、私たちは現在の教科書検定制度が国家による教育内容の統制、ひいては国民の思想統制をもたらすものであるとして、これまでも批判しつづけてきた。これまでの運動によって多少なりとも運用の改善がはかられてきた面もあるが、今回のような検定事例が認められるならば、それが一挙に逆転し、恣意的政治的検定がいっそう横行するのを許すことになるのではないか。

第二に、教科書検定による教科書書き換えを通じて、事実にもとづく歴史学習が妨げられ、国家と軍隊に奉仕する国民づくりのための教育がいっそう推進されるのではないか。それは戦争への反省に立脚した日本国憲法の理念をないがしろにし、憲法改悪に導こうとするものではないかと懸念される。教育基本法改定と関連法案の成立によって、そのことがいっそう危惧される状況となっている。

したがってこの問題は、未来の教育と日本のありかたにかかわる重要な問題だと考える。よって私たちは、冒頭に述べたように、文部科学省ならびに教科用図書検定審議会が、検定意見の撤回とそれに伴う措置をただちにとることを強く求めるものである。

2007年 9月 27

呼びかけ人

安仁屋政昭 荒井信一 猪飼隆明 石山久男 伊藤康子 宇佐美ミサ子 大日方純夫 小牧薫

木畑洋一 木村茂光 鈴木良 高嶋伸欣 田港朝昭 中塚明 中野聡 長野ひろ子 永原和子

西川正雄 浜林正夫 広川禎秀 服藤早苗 藤井讓治 峰岸純夫 宮地正人 山口剛史 山田邦明

米田佐代子

賛同者(926日現在395名)

青木哲夫 明石岩雄 秋山晋吾 浅井義弘 浅川保 浅田進史 東幸代 東幹夫 足立恭子 阿部小涼 網中昭世 雨宮昭一 荒井信一 荒井竜一 有澤秀重 有光友學 五十嵐滝 池享 井ヶ田良治 石井建夫 石川清 石川照子 石崎昇子 石原剛 伊集院立 一色哲 伊藤成彦 伊藤正子 伊藤裕子 稻垣敏子 犬丸義一 井上勝生 井上隆義 井内誠司 今井昭彦 今井駿 今井省三 今泉裕美子 今枝春菜 井本三夫 入間田宣夫 岩根承成 岩本由輝 上杉佐代子 上田穰一 上野継義 上村喜久子 上村順造 魚次龍雄 牛田守彦 内田眞 宇野勝子 梅田欽治 梅田美和子 浦沢朱実 浦谷孝次郎 江村栄一 江里晃 遠藤基郎 遠藤芳信 大石直 正 大石文子 大江志乃夫 大岡聡 大門正克 大川啓 大串潤児 大杉由香 大田史郎 大塚英二 大坪庄吾 大藤修 大野一夫 大野節子 大橋幸泰 大平聡 岡田泰介 岡村正純 小川隆司 小川美沙子 荻野富士夫 尾ア芳治 小沢弘明 落合延孝 小野一之 小野将 小野正雄 小野沢あかね 小浜健児 大日方克己 笠原十九司 加瀬和俊 勝田俊輔 勝野公明 桂島宣弘 加藤幸三郎 金丸裕一 狩野久 樺井義孝 川合康 河上茂 川手圭一 河西秀哉 川原茂雄 菅野成寛 菅野文夫 菊池一隆 菊地宏義 鬼嶋淳 北爪眞佐夫 木谷勤 木戸衛一 貴堂嘉之 君島和彦 木村直也 木村英亮 木村誠 木村由美子 吉良芳恵 楠木武 楠瀬勝 久保田和彦 久保田貢 熊谷賢 蔵持重裕 栗田伸子 栗田禎子 黒瀬郁二 小出隆司 河内山朝子 小澤浩 小島晃 小杉雅彦 小菅信子 小谷汪之 小玉道明 小林知子 小松裕 小松清生 小南浩一 今野日出晴 齊藤茂 斉藤孝 齊藤俊江 斉藤利男 齋藤年美 佐賀朝 酒井芳司 坂口勉 逆井孝仁 坂本昇 佐藤治郎 佐藤伸雄 佐藤政憲 澤ア信一 志賀功 篠永宣孝 芝野由和 島田次郎 島袋善弘 清水克行 清水透 清水正義 庄司香 庄司啓一 白井洋子 白倉汎子 白土芳人 新行紀一 神野清一 末中哲夫 鈴木織恵 鈴木隆史 鈴木哲雄 砂田恵理加 関原正裕 瀬畑源 副島昭一 曽根勇二 平良宗潤 高岡裕之 高木仁生 高田公子 高田幸男 高野信次 高野信治 高橋修 高橋慎一朗 橋昌明 橋勝 高橋守 麻敏子 麻宣男 瀧井敏彦 田口勝一郎 竹内光浩 武廣亮平 竹間芳明 夛田眞敏 橘晃弘 田所顕平 棚井行隆 田中克範 田中大喜 田中比呂志 田中義彦 棚橋正明 玉井憲二 俵義文 丹賢一 千代崎未央 塚田勲 手塚優紀子 寺田光雄 東海林次男 外岡慎一郎 戸邉秀明 富田理恵 富永信哉 豊見山和行 鳥居明子 内藤雅雄 中井正幸 中尾長久 中小路純 長島淳子 長島光二 中嶋久人 中島寛子 長島弘 長田彰文 中塚次郎 仲西和枝 仲西孝之 長沼宗昭 永原陽子 永岑三千輝  中村哲 中村友一 中村平治 中村政則 中村元彦 仲森明正 長山雅一 仁木宏 西川純子 錦織照 西口芳美 西成田豊 西村嘉 二谷貞夫 新田康二 貫井正之 布川弘 能川泰治 野田泰三 野本京子 萩森繁樹 萩原淳也 橋口定志 橋本雄 長谷川伸三 長谷川貴彦 畑惠子 秦惟人 幡鎌一弘 浜忠雄 早川紀代 林彰 林毅 林博史 林正敏 早瀬満夫 原朗 半沢里史 阪東宏 坂野鉄也 秀村選三 比屋根哲 平井敦子 平井美津子 平島正司 平野千果子 広瀬玲子 広瀬玲子 弘田五郎 笛田良一 深澤安博 深谷克己 福田和久 福田浩治 藤岡寛己 藤木久志 藤田明良 藤田覚 藤田達生 藤本清二郎 藤原立子 別所興一 別府健 本庄豊 保谷徹 外園豊基 星乃治彦 堀サチ子 堀新 堀井弘一郎 本田衡規 前川亨 前川玲子 前田一郎 前田金五郎 真栄平房昭 増田俊信 松浦真衣子 松尾良隆 松澤徹 松野周治 松村高夫 松本通孝 丸浜昭 丸山理 丸山豊 三浦俊明 三澤純 水田大紀 水谷明子 溝部敦子 光成準治 峰元賢一 三宅明正 宮田伊知郎 宮原武夫 宮本徹 宮本直哉 三輪泰史 村形明子 村上祐 村上博章 村上史郎 村田勝幸 毛里興三郎 茂木敏夫 本川幹男 森健一 森安彦 森田香司 森谷公俊 守屋友江 柳沼寛 矢澤康祐 安川寿之輔 安田敏朗 安丸良夫 柳沢遊 柳澤幾美 柳沢悠 柳原敏昭 山尾幸久 山ア四朗 山田昭次 山梨喜正 山根清志 山上正太郎 山道佳子 山本和重 山本公徳 山本直美 山領健二 横山鈴子 横山英信 吉井敏幸 吉田晶 吉田永宏 吉田ふみお 吉野典子 吉水公一 米田俊彦 米山宏史 若松正志 渡辺浩一 渡辺信一郎 渡辺尚志 割田聖史

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「沖縄戦の事実を歪める教科書検定の撤回を求める歴史研究者・教育者のアピール」賛同のお願い

上記アピールに多くの方々の賛同をいただき、賛同者のお名前、人数を含めて公表し、関係方面に送付したいと思います。賛同していただける方は、同封のハガキ、または、メール・FAXをお送りください。

賛同者最終集約:1010日。

101-0051 東京都千代田区神田神保町22誠華ビル歴史学研究会気付 歴史研究者・教育者アピールの会

FAX: 03-3261-4993

e-mail: okiapi@yahoo.co.jp

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