沖縄戦検定にかかわる訂正申請提出にあたっての声明

.私たちは、社会科教科書執筆者として、沖縄戦に関する今回の不法な検定によって歪められた教科書記述を回復する方法について模索してきた。そのなかで去る925日に歴史学・歴史教育関係者17人の呼びかけによって開かれた社会科教科書執筆者懇談会において、一つの方法として、困難ではあるが訂正申請を提出する方向で各社それぞれに努力することを申し合わせた。その結果、今回の検定意見の対象になったすべての教科書で訂正申請にむけての準備が進むことになった。
 ところがその後、沖縄県民大会で示された意思を受け、政府は訂正申請が出されれば対応するむねをにわかに表明するにいたった。しかしながら検定意見の撤回はあくまで拒否する姿勢であることから、訂正申請受理によって、問題の本質的根本的解決をうやむやにしたまま政治的決着をはかるのではないかとの疑念が沖縄県民はじめ関係者のなかに生まれることになった。私たちはこのようなあいまいな決着に組みすることは本意ではないので、しばらく状況の推移を見守りつつ訂正申請を保留し熟慮してきたところである。
 しかし11月をむかえようとするなかで、以下のに述べる理由によって、訂正申請を行うことに決した。その結果、おおむね111日から5日の間に、すべての教科書の訂正申請が文科省に提出されることになった。提出された訂正申請の内容は、少なくとも検定前の記述の回復を実現しようとするものであり、さらに若干の改善を含むものもあることをこの間の執筆者懇談会における協議で確認している。本年4月以降にさらに明らかになった「集団自決」をめぐる歴史事実や沖縄戦検定問題の経緯をふまえ執筆者の学問的・教育的良心にもとづいて行われたこれらの訂正申請を、文科省は当然受け入れるべきである。
 訂正申請の提出がほぼ完了するにあたり、このことについての私たちの真意をいっそう明らかにするため、ここに声明を発表する。

 .今回の検定意見が担当の教科書調査官によって執筆者と教科書会社に口頭で説明されたとき、林博史氏の著書『沖縄戦と民衆』の記述が根拠にあげられた。たしかに林氏の著書には、慶良間諸島の事例について、軍からの明示の自決命令はなかったと書いた箇所がある。しかし林氏の著書全体の趣旨は、さまざまな形での軍からの強制がなければ「集団自決」は起こりえなかったと、「自決」が起こらなかった地域との対比のなかで結論づけている。教科書調査官は初歩的かつ明白な誤読をしており、検定審議会委員もそれを追認した。このような初歩的な誤読にもとづく検定意見が、文科省のいうように、学問的立場から公正に審議した結論だなどとはいえない。
 林氏の著書はすでに2001年に刊行されたものである。なぜそれが突然今回の検定で持ち出されたのか。今回、軍による強制を削除する結論が先にあって、それにあわせて急遽この数年前の著書を持ち出したのではないかとの疑いが消せない。
 文科省は、執筆者・教科書会社への説明では言わなかった別の根拠を、記者への説明で明らかにした。執筆者への説明と記者への説明が異なるということ自体、きわめて不正常であるが、その別の根拠が、座間味島駐屯の梅沢元戦隊長らが大江健三郎氏らを名誉毀損で訴えた裁判での梅沢氏自身の陳述書である。係争中の裁判の一方の側の主張を検定意見の根拠にしたものであり、係争中の裁判での一方の側の主張を教科書に記述してはならないと言ってきた文科省自身のこれまでの言明とも明らかに反するものである。しかもそれすら検定審議会はなんらの疑問を呈することなく、そのまま通してしまった。なぜこのようなことがおこったのか、強い疑問をもたざるを得ないが、この点も文科省によってなんら説明されていない。
 以上から明らかなように、そもそも今回の検定意見自体が、内容的にも、手続き的にもきわめて不正常なものである。
 このようなきわめて不正常な検定意見はただちに撤回されるべきである。同時にこのような検定意見が付された経過と原因、およびそれに対する責任を明らかにすべきであり、そのためにも今回の沖縄戦に関する検定意見は撤回するしかないと考える。

.訂正申請にもとづく記述の回復・訂正も、本来検定意見撤回という前提のもとに行われるべきものである。検定意見が撤回されないもとで、訂正申請に対して何を基準にその内容を審査するのかを、文科省はまったく明らかにしていない。このような不明朗な審査を行うべきではない。その意味で、訂正申請のみによって問題が正しく解決されるとは到底考えられない。よって私たちは、問題の根本的解決のために検定意見の撤回をあくまでも求める立場に変わりはない。

.けれども一方で、来年4月に高校生に教科書が手渡される前になんとしても記述の回復・改善を実現したいという思いを私たちは強く持っている。いまだ検定意見が撤回されないため、記述の回復・改善のための条件が十分に整っているとはいえないが、今後の検定意見撤回に向けた動きのなかで、文字通りの記述の回復・改善の実現をさらに追求していくことを前提にしつつ、来年4月の教科書の供給に間に合わせることを考え、記述の回復・改善のための一つの方法として、この時点での訂正申請の提出に踏み切った。

でも述べたように、検定意見が撤回されないもとでは、今後、訂正申請に対しても恣意的な修正要求が文科省・検定審議会から出される可能性がある。ここでも文科省・検定審議会が沖縄県民や各研究者などから示された具体的歴史事実、とくに最近続々とあらわれている新しい証言などにどれだけ真摯に対応するのかが問われることになる。
 このような状況のもとで、私たちは訂正申請の内容およびその後の経過について、できるかぎり公開することにより、市民の監視と健全なる批判のもとで訂正申請が処理されることを期したい。そのさい文科省の不当な対応があればただちに批判の声をあげてくださることをすべての人々にお願いしたい。また、執筆者としても、市民の皆さまの適切な批判・助言を仰ぎつつ、今後のさまざまな動きに対応していきたいと考えている。
 訂正申請の内容とその処理の過程が公開されることは、これだけの大きな社会問題となった沖縄戦検定についての市民の知る権利を保障するためにも重要である。

.さらに、今回の検定問題を通じて明らかになった、次のような検定制度の改善すべき点についても検討し取り組んでいく所存である。

1)教科書調査官、検定審議会委員の人選を透明化、公正化すること。

2)検定審議会の審議を公開すること。

3)検定意見に対する不服申し立てについては、実際に機能する制度にすること。

4)検定基準に沖縄条項を設け、それに対応して検定審議会委員に沖縄近現代史の専門家を任命すること。

5)教科書調査官制度について、その権限の縮小ないしは廃止を検討すること。

6)検定審議会を文科省から独立した機関とするよう検討すること。

2007117日
社会科教科書執筆者懇談会
呼びかけ人
 荒井信一 石山久男 宇佐美ミサ子 大日方純夫 木畑洋一 木村茂光 高嶋伸欣 田港朝昭 中野 聡 西川正雄 浜林正夫 広川禎秀 服藤早苗 峰岸純夫 宮地正人 山口剛史 米田佐代子
連絡責任者 石山久男 170-0005 豊島区南大塚2-13-8 歴史教育者協議会内
                                   TEL 080-3023-6880 03-3947-5701




 




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